大阪地方裁判所 昭和55年(行ウ)65号 判決 1981年9月17日
大阪市阿倍野区王子町一丁目一番二三号
原告
宮森里子
訴訟代理人弁護士
吉岡良治
大阪市阿倍野区三明町二丁目一〇番二九号
被告
阿倍野税務署長
中西晃一
指定代理人検事
小林敬
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
被告が昭和五四年二月二三日付でした原告の昭和五二年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下本件更正処分及び本件賦課決定処分という)のうち、総所得金額を九四万七、二八〇円として算出した所得税額及びこれに伴う過少申告加算税を超える部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする
との判決。
二 被告
主文と同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 本件更正処分及び本件賦課決定処分の経緯
原告は、不動産仲介業を営むものであるが、昭和五二年分の所得について総所得金額(営業所得金額)を九四万七、二八〇円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和五四年二月二三日付で原告の昭和五二年分の総所得金額を一、七一七万四、三二九円(営業所得九四万七、二八〇円、雑所得七万〇、三二九円、一時所得一、六一五万六、七二〇円)、所得税額を五五〇万八、五〇〇円とする更正処分(本件更正処分)並びに過少申告加算税として二七万四、〇〇〇円を賦課決定する処分(本件賦課決定処分)を行ない、そのころ原告に通知した。
原告は、これを不服として異議の申立をしたところ、被告は、昭和五四年七月五日付で原告の異議申立を棄却する旨の決定をし、そのころ原告に通知した。
そこで、原告は、さらに国税不服審判所長に対して審査請求をしたころ、同所長は、昭和五五年四月一八日付で原告の審査請求を棄却する旨の裁決をし、そのころ原告に通知した。
(二) 本件更正処分及び本件賦課決定処分の違法事由
1 手続の違法
(1) 原告は、白色申告による確定申告をしたものであるが、被告の本件更正処分の通知書には更正の理由の記載が全くない。
(2) 被告は、本件保険契約者が誰であるかについての調査をせず、かえって原告の生活と営業を妨害する不当な調査をし、この不当な調査に基づいて本件更正処分をした。
(3) 原告は、阿倍野民主商工会(ならびに大阪民主商工団体連合会)の会員であるが、被告は、原告が同会員である故をもって、他の納税者とは差別的に、かつ、民主商工会の弱体化を企図して本件更正処分をした。
2 内容の違法
本件更正処分は、原告の所得を過大に認定した違法があり、これを前提とする本件賦課決定処分も違法である。
(三) 結論
本件更正処分及び本件賦課決定処分のうち、請求の趣旨第一項に掲記した金額をこえる部分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否と被告の反論
(一) 請求原因第(一)項の事実は認める。
(二) 同第(二)項について
1 同1の主張は争う。
(1) 白色申告者に対する更正処分の場合には、更正通知書に理由を附記する必要はないが、本件更正処分の通知書には、原告が昭和五二年九月二四日に住友生命保険相互会社(以下住友生命という)から受け取った生命保険一時金三、二九八万七、三六〇円は一時所得に該当し、同じく支払遅延利息七万〇、三二九円は雑所得に該当するので、いずれも所得税を課税する旨の理由が記載されている。
(2) 被告は、住友生命から所得税法二二五条一項四号及び同法施行規則八六条一項の規定に基づき提出された生命保険契約等の一時金の支払調書(所得税法施行規則別表第五(十一)、以下支払調書という)によって、原告が生命保険金及びその利益配当金を受け取ったことを知った。そこで、被告は、昭和五四年一月二九日、部下職員を原告方に行かせ、原告に対し、説明を求めたが、保険金等の受領が確認されたほかは、そのときもそれ以後も、何らの適切な弁明が得られなかったので、本件更正処分をしたものである。
3 同2の主張は争う。
三 被告の主張(課税の根拠)
原告の昭和五二年分の総所得金額は、次のとおり一、七一八万五、一九九円であり、その範囲内でなされた本件更正処分には原告の所得を過大に認定した違法はない。
(一) 事業所得の金額 九四万七、二八〇円
(二) 一時所得の金額(次の(1)―(2)―(3))
三、二三三万五、一八〇円
(1) 総収入金額 三、三〇〇万九、一〇〇円
原告は、昭和五一年四月、住友生命との間で、原告の次男訴外亡長田正明を被保険者とする生命保険契約(以下本件保険契約という)を締結し、保険料(掛金)を払い込んでいたが、被保険者長田正明の死亡により、昭和五二年九月二四日、住友生命から保険金三、三〇〇万円、利益配当金九、一〇〇円の支払を受けた。
(2) 支払金額 一七万三、九二〇円
原告は、昭和五一年五月から昭和五二年八月までの一六か月間に、本件保険契約に基づき一七万三、九二〇円を住友生命に払い込んだ(一か月一万〇、八七〇円×一六か月=一七万三、九二〇円)。
(3) 一時所得の特別控除額 五〇万円
(三) 雑所得の金額 七万〇、三二九円
原告は、昭和五二年九月二四日、住友生命から前記保険金の支払遅延利息として七万〇、三二九円の支払を受けた。
(四) 総所得金額(右の(一)+(二)×1/2+(三))
一、七一八万五、一九九円
四 被告の主張に対する認否
(一) 被告の主張(一)の事実(原告の事業所得の金額)は認める。
(二) 同(二)について
(1) 同(1)のうち、原告が、昭和五二年九月二四日、住友生命から被保険者長田正明の死亡による保険金等として被告主張のとおり合計三、三〇〇万九、一〇〇円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
本件保険契約の契約者は長田正明であり、長田正明が保険料を払い込んだもので、原告は、保険金受取人にすぎない。
(2) 同(2)のうち、本件保険契約について保険料として被告主張のとおり合計一七万三、九二〇円が住友生命に払い込まれたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(三) 同(三)のうち、原告が、被告主張のとおり金七万〇、三二九円の支払を受けたことは認めるが、雑所得になることは争う。
第三証拠
本件記録中の証拠目録に記載のとおりであるから、それを引用する。
理由
一 本件更正処分及び本件賦課決定処分の経緯
請求原因第(一)項の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件更正処分及び本件賦課決定処分の手続の瑕疵について
(一) 原告は、本件更正処分の通知書には更正の理由の記載がないから違法である旨主張する。
原告が白色申告による確定申告をしたことは、当事者間に争いがない。
ところで、所得税の更正処分をした場合の更正通知書の記載事項を定めた所得税法一五四条一項、二項、国税通則法二八条二項、三項には、更正の理由の記載につき何らの定めがなく、所得税法一五五条二項は、青色申告について更正処分をする場合の更正通知書に更正の理由を附記すべき旨を定めている。このような規定の仕方からすると、白色申告について更正処分をする場合の更正通知書には、更正の理由を附記する必要がないと解するのが相当である。
そうすると、被告が本件更正処分の通知書に更正の理由を附記したか否かを判断するまでもなく、本件更正処分には、違法がない。
(二) 原告は、被告が本件保険契約の契約者が誰であるかについての調査をせずに本件更正処分をした旨主張するが、被告は、住友生命から提出された支払調書によって原告が生命保険金等を受け取ったことを知り、原告に対しその旨の確認をしたところ、原告からは何らの適切な弁明が得られなかったことが弁論の全趣旨によって認められるから、被告が見込み課税によって本件更正処分をしたものでないことは明白である。したがって、手続自体を違法にするような調査の不備があったとすることはできない。
原告は、被告が原告の生活と営業を妨害する不当な調査をし、この不当な調査に基づいて本件更正処分をした旨主張するが、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても同主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) 原告は、被告が原告を民主商工会員である故をもって他の納税者とは差別的に、かつ、民主商工会の弱体化を企図して本件更正処分をした旨主張するが、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、同主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(四) まとめ
本件更正処分及び本件賦課決定処分には、原告が主張する手続上の違法はない。
三 本件更正処分及び本件賦課決定処分の前提となる原告の昭和五二年分の総所得金額について
(一) 原告の事業所得の金額が九四万七、二八〇円であることは、当事者間に争いがない。
(二) 一時所得について
(1) 原告が、昭和五二年九月二四日、住友生命から被保険者長田正明の死亡により保険金三、三〇〇万円、利益配当金九、一〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
(2) そして、弁論の全趣旨によって成立が認められる乙第一号証、同第二ないし第四号証の各一、同第五号証、同第六号証の一及び証人園山淑子こと宮森淑子の証言の一部によると、次の事実が認められ、この認定に反する証人宮森淑子の証言の一部は採用しないし、ほかに、この認定に反する証拠はない。
(ア) 本件保険契約は、住友生命の外務員訴外園山淑子こと宮森淑子が取り扱ったものであるが、宮森淑子と原告とは親戚関係にある。本件保険契約の交渉は、原告の次男長田正明が原告方に一か月ほど同居していた間に、原告と長田正明が同席するところですすめられた。なお、長田正明は、その後原告方を出てアパートに入居し、そこから、辻調理師学校に通っていた。
(イ) 本件保険契約の生命保険契約申込書(昭和五一年四月二二日付)や申込書変更訂正請求書(同月二七日付。満期の場合の保険金受取人を保険契約者から被保険者長田正明に変更したもの)には、いずれも被保険者欄に長田正明、保険契約者欄に原告の各記載があり、その名下にそれぞれ、長田、宮森と刻んだ印鑑によって押印がされている。
(ウ) 生命保険の加入者に交付される生命保険証券には、生命保険契約申込書や申込書変更訂正請求書のうち被保険者や保険契約者欄の記載がそのまま複写されるようになっており、本件保険契約では、申込書変更証訂正請求書の被保険者欄、保険契約者欄の記載部分が複写された生命保険証券が原告に交付され、原告がこれを保管していた。したがって、原告は、保険契約者が長田正明ではなく、原告になっていることを容易に知ることができた。
(エ) 住友生命の保険料集金人は、本件保険契約の保険料集金のために住友生命が原告を名宛人にして発行している領収証を持参して長田正明のアパートではなく原告方に集金に赴いており、原告が、この集金人に対して直接金員を交付していた。
(オ) 原告は、不動産業をしていて、一か月約三〇万円の収入があったが、長田正明は、契約締結当時未成年の学生で、アルバイト以外には収入を期待することができない状態にあった。そして、長田正明が本件保険契約の保険料の払込分を原告に交付していた形跡は見当たらない。
証人宮森淑子の証言中には、宮森淑子は、本件保険契約を取り扱った当時、保険外務員としては不慣れの時期であったため、真の保険契約者は長田正明であり、長田正明が未成年者のゆえに親権者として原告名を記載すべきところ、上司であった班長訴外井上緑の適切な指導が得られず、誤って保険契約者を原告と記載してしまった旨の供述部分があるが、宮森淑子は、そのころ既に第一回目の新人研修を受け終っていて、昭和五一年四月二三日には生保協会テストにも合格していること、未成年者も保険契約者になることができ、その場合に親権者又は後見人の署名押印が必要であるということは保険外務員の基礎的な知識であり、宮森淑子が井上緑から誤った指導を受けたとは考えられないこと、宮森淑子は、以前自分の未成年の子を被保険者とする生命保険の保険契約者になったことがあること、などに照らすと、右供述部分は到底採用することができない。
(3) 右認定の事実によると、本件被保険契約は、原告と長田正明が同席しているところで話されたとはいうものの、生命保険契約申込書、申込書変更訂正請求書及び生命保険証券には、いずれも保険契約者が原告と記載されており、保険料の領収証の名宛人も原告とされ、原告が現実に保険料を払い込んだものであるから、本件保険契約の保険契約者は原告であるとするほかはない。
また、保険契約者が原告であると認められることや前記認定のような保険料の払込状況、長田正明の当時の負担能力の点からみて、本件保険契約の保険料の負担者は原告であるといわなければならない。
そうすると、原告が受け取った保険金三、三〇〇万円、利益配当金九、一〇〇円の合計三、三〇〇万九、一〇〇円は、原告が負担した保険料に基づいて取得した一時金であるから、税法上一時所得の収入金額となる。
(4) 本件保険契約に基づく保険料として合計一七万三、九二〇円が払い込まれたことは、当事者間に争いがなく、右保険料を支払ったのが原告であることは既に判示した。
(5) 一時所得の特別控除額が金五〇万円であることは、所得税法三四条三項によって明らかである。
(6) まとめ
原告の一時所得の金額が三、二三三万五、一八〇円となることは、計算上明らかである(右(1)―(2)―(3))。
(三) 雑所得について
原告が、昭和五二年九月二四日、住友生命から右保険金等の支払遅延利息として金七万〇、三二九円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。
そして、原告が受け取った右保険金等が原告の一時所得になることは既に判示したとおりであるから、右利息金は原告の雑所得になる筋合である。
(四) 結論
以上によると、原告の昭和五二年分の総所得金額は、所得税法二二条二項により、金一、七一八万五、一九九円になる(右の(一)+(二)×1/2+(三))。
そうすると、本件更正処分は、原告の昭和五二年分の総所得金額の範囲内でなされたものであるから、適法であり、これに伴う本件賦課決定処分も適法であり、原告が主張する違法な点はない。
四 むすび
原告の本件請求は、理由がないから棄却することとし、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古崎慶長 裁判官 孕石孟則 裁判官 浅香紀久雄)